北原先生と暁海はその後どうなった?『星を編む』ラストをネタバレ解説

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※本記事の一部はAIを活用して作成しています。

はじめに

凪良ゆうさんの『星を編む』は、2023年本屋大賞を受賞した『汝、星のごとく』の続編です。

『汝、星のごとく』のラストでは、青埜櫂が亡くなったあと、井上暁海は夫である北原先生のもとへ戻りました。

櫂と暁海の出会いから、櫂が亡くなるまでの詳しい内容はこちらでまとめています。
『汝、星のごとく』あらすじ・ネタバレ・名言・相関図

しかし、暁海が愛していたのは櫂です。

北原先生との結婚も、恋愛ではなく「足りないもの同士の互助会」として始まったものでした。

そのため、

「北原先生と暁海は離婚したの?」

「暁海は最後まで櫂だけを愛していた?」

「北原先生と暁海は本当の夫婦になったの?」

と、その後が気になった人も多いと思います。

この記事では、『星を編む』の最終章「波を渡る」を中心に、北原先生と暁海のその後とラストの意味をネタバレありで解説します。

※ここから先は、『汝、星のごとく』『星を編む』の重大なネタバレを含みます。

結論:北原先生と暁海は離婚せず、本当の夫婦になる

先に結論を書くと、北原先生と暁海は離婚しません。

最初は恋愛感情のない「互助会」として結婚した2人ですが、櫂の死後も長い時間を一緒に過ごし、少しずつ相手への愛情に気づいていきます。

最後には、北原先生と暁海は普通の夫婦のように旅行へ行き、身体的にも結ばれます。

つまり、北原先生は櫂の代わりになったわけではありません。

暁海は櫂への愛を抱えたまま、それとは別の形で北原先生を愛するようになったのです。

講談社は「波を渡る」について、愛を経験したあとも暁海の人生は続き、その先にある未来と新しい愛の形が描かれる物語と紹介しています。

『汝、星のごとく』で北原先生と暁海が結婚した理由

暁海と北原先生の結婚は、一般的な恋愛結婚とは違いました。

櫂と別れたあとも、暁海は母親が作った借金を返しながら、島で刺繍の仕事を続けていました。

櫂を忘れられないまま、それでも1人で生きていかなければならなかった暁海。

北原先生もまた、娘の結を育てながら、この先の人生を1人で生きることに不安を感じていました。

そこで北原先生は暁海に、足りないもの同士が助け合うような感覚で結婚しないかと提案します。

暁海は北原先生と結婚し、北原暁海になりました。

しかし、暁海が櫂を愛していることは、北原先生も最初から知っています。

北原先生は暁海を自分だけのものにしようとはせず、櫂の病気を知った暁海が東京へ行くことも止めませんでした。

暁海が戻ってこない可能性まで分かったうえで、櫂のもとへ送り出したのです。

櫂の死後、暁海は北原先生のもとへ戻る

櫂は暁海とともに島へ戻り、花火を見ながら亡くなりました。

その後、暁海は北原先生と結のいる家に戻ります。

『汝、星のごとく』の時点では、暁海が北原先生を恋愛対象として愛している様子はほとんどありません。

北原先生もまた、櫂を亡くした暁海の心に無理に入ろうとはしませんでした。

2人は同じ家で暮らしながらも、相手を縛らず、必要なときに支え合う関係を続けます。

夫婦というより、人生を一緒に生きる仲間に近い関係でした。

『星を編む』で描かれる北原先生と暁海のその後

『星を編む』は、3つの物語で構成されています。

  • 「春に翔ぶ」:北原先生と菜々の過去
  • 「星を編む」:櫂の作品を世に出す編集者たちの物語
  • 「波を渡る」:櫂の死後の暁海と北原先生

北原先生と暁海のその後が描かれるのは、最終章の「波を渡る」です。

講談社も「波を渡る」を、北原先生と暁海のその後を描いた物語と説明しています。

この記事では主に「波を渡る」を扱っています。
北原先生の過去を描く「春に翔ぶ」や、櫂の遺作を出版する「星を編む」を含む全体のネタバレはこちらです。
『星を編む』あらすじとネタバレ・北原先生の過去・相関図

櫂の死から5年後、暁海は離婚を考える

櫂が亡くなってから5年。

北原先生は、毎月一度、結の実母である明日見菜々に会いに行っていました。

暁海は、北原先生と菜々が恋人同士だと思っています。

北原先生が菜々の近くに泊まり、定期的に会っているため、暁海がそう思うのも無理はありません。

暁海は、北原先生と菜々の邪魔をしてはいけないと考えるようになります。

もともと暁海と北原先生は、恋愛ではなく互助会として結婚した関係です。

櫂もすでに亡くなってから5年が経っていました。

暁海は、自分が北原先生を結婚という形で縛り続ける理由はないと思い、「そろそろ離婚してもいいのではないか」と切り出します。

北原先生と菜々は恋人ではなかった

暁海から離婚を切り出された北原先生は、菜々とは恋人同士ではないと明かします。

北原先生と菜々の本当の関係は、『星を編む』の「春に翔ぶ」で詳しく描かれています。

菜々は高校生のとき、ハーフパイプの選手だった敦との子どもを妊娠しました。

敦には海外へ行き、選手として成功する未来がありました。

菜々は敦の夢を壊したくないと考え、妊娠していることを伝えないまま彼を送り出そうとします。

菜々の父親は、娘が産んだ子どもを菜々から引き離し、養子に出そうとしました。

子どもを守るため、北原先生は自分が父親だと嘘をつきます。

その結果、北原先生は結を引き取り、1人で育てることになりました。

『汝、星のごとく』だけを読むと、北原先生が教え子と関係を持って子どもをつくらせたように見えます。

しかし、北原先生と菜々の間に男女の関係はありませんでした。

凪良ゆうさんはインタビューで、北原先生の過去は『汝、星のごとく』を書いた時点ですでに考えていたものの、櫂と暁海の物語ではないため、本編には入れられなかったと説明しています。

なぜ北原先生は暁海の誤解を解かなかったのか

北原先生は、暁海が菜々との関係を誤解していることに気づいていました。

それでも長い間、訂正しませんでした。

北原先生は、暁海が櫂を愛していることを知ったうえで結婚しています。

自分にも別の愛する女性がいると思わせておいた方が、暁海の気持ちが楽になると考えていたのです。

暁海だけが別の人を愛しているのではなく、北原先生にも菜々という存在がいる。

そう思わせることで、暁海に罪悪感を持たせないようにしていました。

北原先生らしい優しさですが、同時に、あまりにも説明が足りません。

互いに相手を自由にしようとするあまり、本当の気持ちを伝えず、すれ違っていたのです。

暁海と北原先生の離婚はなくなる

北原先生と菜々が恋人ではないと分かり、離婚の話はいったんなくなります。

しかし、この時点で2人がすぐに恋愛関係になったわけではありません。

暁海の中には、今も櫂がいます。

櫂との人生や思い出を、消すことはできません。

北原先生も、それを消してほしいとは言いません。

2人はこれまでと同じように、互いの人生を尊重しながら暮らし続けます。

結は結婚後に離婚して戻ってくる

北原先生の娘・結は、日系オーストラリア人で寿司職人のノアと結婚します。

結はオーストラリアで暮らしますが、4年後、娘のセレーナを連れて北原家へ戻ってきました。

ノアの浮気が原因で離婚したのです。

結は帰国後、暁海の父親が営んでいた店を引き継ぎます。

その後は寿司居酒屋やカフェなど複数の飲食店を手がける経営者になります。

北原家には暁海と北原先生だけでなく、結と孫のセレーナも加わりました。

一般的な形とは少し違いますが、血縁や戸籍だけでは説明できない家族ができていきます。

暁海の母親にも恋人ができる

『汝、星のごとく』では、暁海の母親が大きな問題として描かれていました。

夫に裏切られて精神的に不安定になり、暁海に依存し、宗教にのめり込んで貯金まで失います。

暁海は母親のために大学進学を諦め、借金まで背負いました。

しかし、『星を編む』では暁海の母親も自分の人生を歩き始めます。

勤めていた農園で主任を任されるようになり、恋人もできました。

相手が購入した新築マンションで、一緒に暮らすようになります。

以前は娘にしがみつくように生きていた母親が、暁海とは別の場所に自分の生活を持ったのです。

暁海が長い間背負っていた母親という荷物も、ようやく暁海の肩から下りていきました。

暁海は仕事仲間の向井から好意を寄せられる

オートクチュール刺繍作家として成功した暁海は、仕事仲間の向井から好意を寄せられます。

向井は、暁海と北原先生の結婚を理解できません。

櫂を愛していた暁海と、恋愛関係に見えない北原先生。

外から見れば、不自然な結婚に見えたのでしょう。

しかし、向井が北原先生を悪く言ったとき、暁海の中に激しい怒りが湧きます。

暁海自身も、その強い感情に戸惑いました。

北原先生は櫂の代わりではありません。

けれど、北原先生を傷つけられることは、暁海にとって許せないことになっていました。

ここで暁海は、自分が思っていた以上に北原先生を大切にしていることに気づき始めます。

今度は北原先生が離婚を切り出す

北原先生は、暁海が向井とスマートフォンでやり取りしている様子を見ます。

そして、暁海に好きな人ができたのだと勘違いしました。

北原先生は、暁海を引き止めるのではなく、「離婚しましょうか」と切り出します。

最初に暁海が離婚を提案したときと、ほとんど同じです。

暁海も北原先生も、相手の自由を尊重しようとします。

しかし、相手に確認せず、勝手に幸せを決めて身を引こうとしてしまいます。

北原先生は暁海を自由にしようとし、暁海も北原先生を自由にしようとする。

2人は優しいからこそ、長い間すれ違っていたのです。

暁海が北原先生との離婚を拒む

北原先生から離婚を提案された暁海は、それを断ります。

向井から北原先生のことを悪く言われたとき、激しい怒りを感じたことを伝えます。

そして、北原先生ほど自分を自由にしてくれる人はいないと話しました。

暁海にとって北原先生は、自分を束縛しない人です。

櫂を愛することも、櫂の最期を看取ることも、その後も櫂を思い続けることも否定しませんでした。

北原先生は、暁海から櫂を奪おうとしません。

そのうえで、暁海が帰れる場所であり続けました。

暁海はここで初めて、自分が北原先生との生活を自分の意思で選んでいることを、はっきり自覚したのだと思います。

「互助会」のルールを変更する

離婚しないことを確認した北原先生は、暁海に「互助会のルールを変更してみませんか」と提案します。

2人は、普通の夫婦のように旅行へ行くことになりました。

最初の結婚は、生きていく不安を補い合うためのものでした。

しかし、このときの2人は、足りないものを補うためだけに一緒にいるのではありません。

一緒にいたいから、一緒にいる。

暁海と北原先生は、ようやく自分たちの関係を前へ進めます。

北原先生と暁海は身体的にも結ばれる

旅行先で、北原先生と暁海は身体的にも結ばれます。

長年夫婦として暮らしてきた2人ですが、それまで男女の関係はありませんでした。

最初から燃え上がるような恋ではありません。

長い時間をかけて相手を知り、生活をともにし、信頼を積み重ねた先に生まれた関係です。

櫂との愛とはまったく違います。

だからこそ、櫂への愛を失わなくても、北原先生を愛することができたのだと思います。

北原先生は暁海に嫉妬していた

北原先生は、いつでも穏やかで、暁海と櫂の関係を受け入れているように見えます。

しかし、『星を編む』では、北原先生にも嫉妬があったことが分かります。

小説『汝、星のごとく』が映画化され、北原先生と暁海は関係者として東京へ招かれます。

櫂との物語が作品として広がり、暁海が櫂を思って考え込む。

北原先生は、それを少しずつ嫌だと思うようになっていました。

暁海を自由にしてきた北原先生にも、「自分を見てほしい」という気持ちが生まれていたのです。

それは北原先生が暁海に執着したというより、自分の感情を押し込めるだけの関係から抜け出したということだと思います。

暁海だけでなく、北原先生もまた、ようやく普通に嫉妬し、相手を求められるようになりました。

暁海は櫂を忘れたのか

暁海は、北原先生を愛するようになっても櫂を忘れていません。

櫂は暁海にとって、人生から消すことのできない存在です。

しかし、誰かを新しく愛することと、亡くなった人を忘れることは同じではありません。

櫂を愛していた人生も、北原先生と生きる人生も、どちらも暁海自身が選んだものです。

暁海の中で、櫂への愛と北原先生への愛は競争していません。

どちらが一番かを決める必要もありません。

櫂は「煌めく火花」、北原先生は「海」

『星を編む』の最後で、暁海は櫂と北原先生をまったく違うものとして捉えます。

櫂は、暁海にとって花火のように激しく煌めく存在でした。

一緒に生きたいのに、なかなか一緒にいられない。

近づくと傷つき、離れると苦しい。

短く激しく燃え上がり、暁海の人生を大きく変えた愛です。

一方、北原先生は海のような存在でした。

暁海のすべてを受け止め、櫂への気持ちごと包み込みます。

北原先生の愛は、櫂との愛のように激しくはありません。

しかし、海のように静かで、深く、どこまでも続いていきます。

講談社による『星を編む』の紹介にも、花火、星、海という異なる愛のイメージが示されています。

北原先生は櫂の代わりではない

北原先生と暁海が結ばれたことで、「結局、暁海は櫂の代わりに北原先生を選んだのか」と感じる人もいるかもしれません。

しかし、北原先生は櫂の代わりではありません。

櫂と北原先生では、暁海との関係も、愛し方もまったく違います。

櫂は暁海と同じように親に苦しめられ、互いの痛みを知っている存在でした。

2人は深く愛し合いましたが、自立できないまま一緒にいようとしたため、関係が壊れてしまいます。

北原先生は暁海を救おうとするのではなく、自分で選べる場所を与えました。

櫂のもとへ行くことも、北原先生のもとへ戻ることも、離婚することも、すべて暁海に決めさせます。

北原先生が暁海を自由にしたからこそ、最後に暁海は自分の意思で北原先生を選んだのです。

『星を編む』ラストの意味を考察

『汝、星のごとく』では、櫂と暁海の愛が中心でした。

2人の愛は、苦しく、激しく、終わりのあるものでした。

しかし、櫂が死んでも暁海の人生は終わりません。

残された人は、食事をし、働き、年齢を重ね、家族の変化を見届けながら生き続けます。

『星を編む』のラストが描いているのは、「一生に一度の愛を失った人が、それでも別の幸せを選んでいい」ということではないでしょうか。

櫂を忘れなくてもいい。

悲しみが完全に消えなくてもいい。

それでも、次の愛を受け入れていい。

暁海は櫂を失った悲劇のヒロインとして残るのではなく、北原先生とともに、その先の人生を生きることを選びました。

2人の結婚は「普通」になったのか

北原先生と暁海は、最後には一般的な夫婦に近い関係になります。

しかし、作品が伝えたいのは、最初の互助会結婚が間違っていて、普通の夫婦になることが正解だったという話ではないと思います。

恋愛感情がなくても、身体的な関係がなくても、2人にとって必要な結婚でした。

その関係が、長い時間の中で変わっただけです。

家族や夫婦の形は、最初に決めた形のままでなくてもいい。

互いが望むなら、途中でルールを変えてもいいのです。

正しい形に自分たちを合わせるのではなく、自分たちに合った形を選び直していく。

北原先生と暁海の関係は、そのことを表しているように感じました。

『星を編む』は暁海が新しい幸せを選ぶ物語

『汝、星のごとく』を読んだとき、櫂と暁海はもっと早く頼り合えばよかったのにと思いました。

しかし、助け合うことと依存することは違います。

自分の人生を相手に背負わせたままでは、愛していても一緒に生きることは難しいのだと思います。

『星を編む』の暁海は、刺繍作家として自立し、母親との距離を取り、自分の人生を自分で支えています。

北原先生もまた、暁海を守るだけの人ではなく、自分の嫉妬や望みを伝えるようになります。

自立した2人が、もう一度相手を選び直した。

だからこそ、互助会として始まった結婚に、本当の愛が生まれたのだと思います。

映画『汝、星のごとく』について

『汝、星のごとく』は、横浜流星さんと広瀬すずさんのダブル主演で実写映画化されます。

映画では櫂と暁海の物語がどこまで描かれるのか、続編『星を編む』の北原先生と暁海のその後まで映像化されるのかを、こちらの記事で考察しています。

映画『汝、星のごとく』はどこまで描く?『星を編む』との違い・続編の内容を解説

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おわりに

『星を編む』のラストで、北原先生と暁海は離婚しません。

櫂の死後も一緒に暮らし続け、何度もすれ違いながら、自分たちがお互いを大切に思っていることに気づきます。

そして、互助会として始まった結婚のルールを変え、夫婦として新しい関係を築いていきました。

暁海は櫂を忘れたわけではありません。

櫂は花火のように激しく煌めいた、忘れることのできない愛です。

北原先生は、櫂とはまったく違う、海のように静かで深い愛でした。

暁海にとって櫂と北原先生のどちらが本当の愛だったのか、比べる必要はないのだと思います。

どちらも暁海が選び、自分の人生として生きた愛です。

『星を編む』は、愛する人を失ったあとの物語であると同時に、人生はその後も続き、新しい幸せを選んでもいいのだと伝えてくれる作品でした。

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