※本記事の一部はAIを活用して作成しています。
はじめに
額賀澪さんの小説『沖晴くんの涙を殺して』で、物語の鍵を握る「死神」。
志津川沖晴は9年前の大津波で家族を失い、自身も死にかけました。
その後、沖晴からは「悲しみ・怒り・嫌悪・怖れ」という4つの感情がなくなり、代わりに驚異的な治癒能力や記憶力など、不思議な力が備わっています。
沖晴は「死神と取引した」と考えていますが、本当に死神は存在したのでしょうか。
そして、なぜ沖晴は感情を失い、京香と出会ったことで取り戻していったのでしょうか。
この記事では、死神の正体、沖晴が失った4つの感情、戻った順番ときっかけについて、原作の内容から考察します。
※ここから原作小説『沖晴くんの涙を殺して』の重大なネタバレを含みます。
沖晴は本当に死神と取引した?
まず重要なのが、
沖晴自身も「死神と取引した」とはっきり覚えているわけではない
ということです。
沖晴は大津波にのみ込まれ、生死の境をさまよいました。
そして気がつくと生き残っていた。
しかし、家族を失ったはずなのに悲しくありません。
さらに以前にはなかった不思議な能力まで身についていました。
そのため沖晴は、
自分は死神か何かと取引をして、感情を差し出す代わりに生かしてもらったのではないか
と考えています。
つまり、「死神と取引した」というのは沖晴自身による推測でもあるのです。
沖晴が大津波で失ったもの
沖晴が津波に遭ったのは小学生のころ。
地震が起きたあと、父親と妊娠中の母親が学校まで迎えに来てくれました。
その年の夏には、沖晴に弟か妹が生まれる予定でした。
しかし避難途中で津波に襲われます。
沖晴は海へ流されましたが、漁船に救助されて生還。
一方、両親は亡くなります。
母親のお腹には、生まれてくるはずだった子どももいました。
沖晴は家族を一度に失い、自分だけが生き残ったのです。
沖晴からなくなった4つの感情
津波から生還した沖晴には、以前とは明らかに違うところがありました。
人間が持つ5つの感情、
喜び・悲しみ・怒り・嫌悪・怖れ
のうち、
- 悲しみ
- 怒り
- 嫌悪
- 怖れ
という4つがなくなっていたのです。
残ったのは「喜び」だけでした。
家族が亡くなったことを覚えているのに悲しくない。
怖い経験をしたことも覚えているのに怖くない。
嫌なことをされても怒らない。
気持ち悪いものを見ても嫌悪しない。
だから沖晴は、いつも笑っています。
なぜ「喜び」だけ残った?
京香も、なぜ「喜び」だけが残ったのか疑問に思います。
沖晴はそれに対して、死神がポジティブな感情まで欲しがったら変ではないか、というような話をしています。
確かに死神が奪うものとして考えると、
悲しみ。
怒り。
嫌悪。
怖れ。
というネガティブな感情のほうが、それらしく感じます。
ただし、これは沖晴なりの説明です。
死神が本当に4つの感情を選んで奪ったのか、その理由まで原作で明かされることはありません。
感情がなくなっただけなら説明できる?
大切な人を一度に失うほどの強烈な出来事を経験した沖晴。
もし「感情を失った」という部分だけなら、あまりにも大きな悲しみから自分を守るため、心が感情を切り離した――という現実的な読み方もできそうです。
沖晴は津波のことも、家族が亡くなったことも忘れていません。
記憶はあるのに感情だけがない。
そう考えると、死神は沖晴が自分の状態を理解するために考えた存在、と解釈することもできます。
ところが、『沖晴くんの涙を殺して』はそれだけでは説明できません。
沖晴は人間では説明できない能力まで手に入れた
津波から生還した沖晴には、明らかに普通ではない能力が備わっています。
まず、とにかく頭がいい。
転入試験も期末試験も、全教科満点です。
一度覚えたことを忘れないような記憶力を持ち、運動能力も高い。
さらに、怪我をしても異常な速さで傷が治ります。
そしてもっとも不思議なのが、
死期の近い人の顔がぼやけて見える
という能力です。
感情を失うことだけなら、強烈な喪失体験による心の変化として読むこともできます。
しかし、
傷が異常な速さで治る。
死期の近い人間が分かる。
ここまで来ると、心理的な反応だけでは説明できません。
死神は本当に存在したのか?
結論として、
死神の正体は最後まで明かされません。
本当に超自然的な死神が現れ、沖晴から感情を奪う代わりに命と能力を与えたのか。
それとも沖晴が生死の境で見た何かを、あとから「死神」と理解したのか。
原作では断定されません。
ただし、沖晴に実際に説明のつかない能力が備わっている以上、
「死神は沖晴が作り出した存在だった」とも断定できない
のが面白いところです。
死神は心理的な象徴としても読める。
一方で、本当に何らかの超常的な存在が沖晴に関わったとも読める。
どちらの可能性も残されています。
沖晴は京香と出会って感情を取り戻していく
喜び以外の感情を失ったまま高校生になった沖晴。
そんな沖晴の前に現れたのが、故郷へ帰ってきた踊場京香です。
京香はステージⅣの乳がんで、余命約1年を宣告されていました。
ただし、出会った当初の沖晴はその事実を知りません。
この京香との1年間で、沖晴は失った4つの感情を一つずつ取り戻していきます。
順番は、
嫌悪→怒り→悲しみ→怖れ
です。
重要なのは、それぞれの感情が戻る場面に京香が深く関わっていることです。
感情が戻る順番
嫌悪
最初に戻ったのは、
嫌悪
です。
それまでの沖晴には「気持ち悪い」という感覚がありません。
死んだ猫を素手で触ることにも抵抗がありませんでした。
そんな沖晴に変化が起こったのが、嵐の日です。
沖晴と京香は、荒れた海へ入ります。
そこで危険な状況を経験したあと、沖晴は嘔吐。
それまで感じなかった「嫌悪」が戻ってきます。
死んだ猫を平気で触っていた自分の行動にも、以前とは違う感覚を持つようになります。
怒り
次に戻ったのが、
怒り
です。
沖晴は、京香のために行動します。
ところが京香は、沖晴ではなく赤坂冬馬のことばかりかばいます。
沖晴からすれば、
自分は京香のためにやったのに。
なぜ冬馬ばかりかばうのか。
そこに生まれたのは、単純な正義感だけではありません。
京香に対する苛立ちや、冬馬への嫉妬にも近い感情でした。
それまで何を言われても怒らなかった沖晴に、「怒り」が戻ります。
悲しみ
3番目に戻ったのが、
悲しみ
です。
きっかけになったのは、京香の涙でした。
コンクールを前に、京香が泣きます。
沖晴は、それまで自分の中になかった「悲しみ」という感情に触れていきます。
そして文化祭。
合唱部で『花は咲く』を歌っていた沖晴は、突然歌えなくなります。
涙が止まらなくなったのです。
津波から9年。
家族を失っても悲しめなかった沖晴が、ようやく泣きました。
京香はそんな沖晴を人のいないところへ連れていき、思う存分泣かせます。
怖れ
最後に戻ったのが、
怖れ
です。
この場面は、4つの感情の中でも特に分かりやすく京香と結びついています。
沖晴には、死期の近い人の顔がぼやけて見えます。
あるとき、京香の顔がぼやけて見えるようになりました。
大切になった京香が死ぬ。
沖晴は初めて、そのことを怖いと思います。
そして京香は、自分がステージⅣの乳がんで、余命約1年を宣告されていたことを明かします。
家族を失った沖晴が、また大切な人を失う。
その可能性を目の前にして、
最後の感情「怖れ」が戻ったのです。
感情が戻った本当の理由は京香だった?
最初は、沖晴の感情が戻るのは津波や過去の出来事が刺激されるからなのかと思います。
しかし物語の終盤、沖晴自身が別のことに気づきます。
感情が戻ったのは、
京香が自分にとって大切な存在になっていったからではないか。
嫌悪が戻ったときも京香がいた。
怒りは京香と冬馬の関係に心を動かされたことで生まれた。
悲しみは京香の涙をきっかけに戻った。
そして最後の怖れは、大切な京香を失うかもしれないと知ったことで戻った。
こうして並べると、4つの感情が戻る過程そのものが、
沖晴が京香を大切な人だと思うようになっていく過程
にもなっています。
なぜ京香と出会うと感情が戻った?
感情を持てば、当然つらいことも増えます。
誰かを好きになれば、嫉妬する。
大切な人が泣けば、自分も悲しい。
そして大切になればなるほど、失うのが怖くなる。
つまり沖晴が取り戻したネガティブな感情は、
誰かと深く関わったからこそ生まれた感情
でもあります。
喜びしかなかったころの沖晴は、傷つかない代わりに、人の悲しみを本当の意味で理解することもできませんでした。
京香と出会ったことで、沖晴は傷つく人間に戻っていきます。
感情が戻ると特殊能力はどうなった?
もう一つ注目したいのが、
感情が戻るにつれて、沖晴の特殊な能力にも変化が起きる
ことです。
何でも覚えられた沖晴の成績は落ち始めます。
怪我も以前のようには治らなくなります。
そして京香の死期を見たあとには、死期の近い人の顔がぼやけて見える能力も失われていきます。
沖晴は少しずつ、
普通の人間になっている
のです。
超人的な能力を失うほど「人間」に戻っていく
ここは『沖晴くんの涙を殺して』の面白いところだと思います。
物語の最初の沖晴は、
頭がいい。
運動もできる。
怪我もすぐ治る。
死期まで分かる。
能力だけ見れば、非常に強い人間です。
ところが京香と出会うと、その能力を少しずつ失っていきます。
忘れる。
傷つく。
嫌悪する。
嫉妬して怒る。
悲しくて泣く。
大切な人を失うのが怖くなる。
特殊能力という意味では、沖晴はどんどん弱くなっています。
しかし逆に、
一人の人間としては、どんどん豊かになっていく。
そんな逆転した構造になっているように感じます。
ネガティブな感情は本当にいらないもの?
悲しみも怒りも嫌悪も怖れもない。
喜びだけで生きられる。
一見すると、幸せなようにも思えます。
実際、沖晴はいつも笑っています。
しかし、悲しみを知らなければ、悲しんでいる人の気持ちも分かりません。
大切な人を失う怖さを知らなければ、「失いたくない」と思うほど誰かを大切にすることもできません。
嫌悪や怒りも、ただ人を苦しめるだけの感情ではありません。
沖晴が京香との関係の中で4つの感情を取り戻していく過程を見ると、
ネガティブな感情も、人とつながって生きるために必要なもの
だったのではないでしょうか。
死神と京香がかけた2つの「呪い」
この作品で特に印象的なのが、各章のタイトルです。
第一話は、
「死神は呪いをかける。志津川沖晴は笑う。」
そして第六話は、
「踊場京香は呪いをかける。志津川沖晴は歌う。」
死神の「呪い」によって、沖晴は感情を失ったと考えています。
一方、京香が沖晴にかけた「呪い」は正反対でした。
怖くても生きること。
自分が死んだあとも、ちゃんと生きること。
京香は沖晴に、
自分が死ぬまでに、沖晴がちゃんと生きていけるところを見せてほしいと願います。
死神は、沖晴から感情を奪って生かしたのかもしれない。
京香は、沖晴に感情を取り戻させ、その感情を抱えたまま生きることを求めた。
どちらも沖晴を「生かす」存在でありながら、その方法はまったく違います。
死神の正体を考察
では結局、死神の正体は何だったのでしょうか。
原作では明かされません。
そのため、少なくとも2つの読み方ができると思います。
一つは、
本当に死神のような超常的な存在がいた
という読み方。
治癒能力や死期を見る力など、現実には説明できない現象がある以上、この可能性は否定できません。
もう一つは、
沖晴が自分の生還と感情の喪失を理解するため、「死神との取引」という形で受け止めていた
という読み方です。
あまりにも大きな悲しみに襲われた沖晴は、感情を失うことで生き延びた。
その心の変化を、物語では「死神」という存在を使って表現しているとも考えられます。
ただし、どちらか一方だけが正解とは言い切れません。
心理的な物語として読める一方で、説明できない特殊能力も実際に存在する。
現実とファンタジーの両方で読める余白を残していること自体が、この死神の面白さなのではないでしょうか。
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おわりに
『沖晴くんの涙を殺して』では、死神の正体は最後まで明らかになりません。
沖晴自身も死神との取引を明確に覚えているわけではなく、自分が生き残ったこと、感情を失ったこと、不思議な能力を得たことから「死神と取引したのではないか」と考えています。
そして沖晴が取り戻した感情は、
嫌悪→怒り→悲しみ→怖れ
の順番でした。
そのすべてに深く関わっていたのが京香です。
京香が大切な存在になればなるほど、沖晴は嫌悪し、怒り、悲しみ、怖がるようになっていきました。
同時に、全教科満点になるほどの記憶力や驚異的な治癒能力、死期を見る力といった不思議な能力も失っていきます。
超人的な力を失いながら、普通の人間に戻っていく沖晴。
それは弱くなったというより、
誰かを大切にして、傷つき、それでも生きられる人間になっていった
ということなのかもしれません。
死神によって生かされたのかもしれない沖晴が、最後には自分自身で「生きる」ことを選ぶ。
死神の正体そのものよりも、その先にある沖晴の変化こそが、この物語で描きたかったことなのではないでしょうか。
ここまで読んでいただきありがとうございました。


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