はじめに
映画『国宝』は、直木賞作家・吉田修一の同名小説を原作とした作品です。
歌舞伎の世界を舞台に、「才能」と「血統」という二つのテーマが交錯し、人間の業や芸術への執念を描いた重厚な物語となっています。
この記事では、物語全体の流れを振り返りながら、とくに映画版で描かれたラストシーンに焦点を当て、考察しました。
ネタバレ
1964年・長崎――雪の夜に運命が裂ける
雪が降る中、やくざの立花組が新年会を開いていた。上方の歌舞伎役者・花井半二郎が組長に挨拶に訪れる。喜久雄と徳次は歌舞伎の化粧をし、「関の扉」を余興として披露する。半二郎は、喜久雄が演じた女形の美しさに驚く。
余興を終えて白化粧を落としていると、大きな物音が響く。立花組のライバルがカチコミに乗り込んで騒然となる。喜久雄の父で組長の権五郎は相手に刀を向けるが、銃弾に倒れる。その瞬間を、半二郎に押さえつけられながらも喜久雄ははっきりと目撃していた。
やがて喜久雄は背中に大きな刺青を入れ、彼を慕う福江も同じく背に入れ墨を刻む。喜久雄と徳次は小刀と銃を携え、父を殺した相手の組に殴り込みに行こうとする――。
1年後・大阪――「花井藤一郎」の誕生
喜久雄は花井半二郎の家に身を寄せることになる。稽古場を訪れると、半二郎の妻・幸子が応対する。
「手紙にはあんたのお母さんはかたぎにさせたいって。あんたはそれでいいの」
喜久雄は「産みの母の遺言ですから。ここしか行くところがありません。どうぞお願いします。」と頭を下げる。
幸子に伴われ歌舞伎座に入ると、支度中の半二郎と、喜久雄と同い年の実子・俊介に会う。俊介は複雑な眼差しを向ける。その場で半二郎は喜久雄に「花井藤一郎」という名前を授ける。
半二郎は「父親の仇を撃ったんやって?」と問う。
「はい、しくじったとです。」と喜久雄。
「度胸は買うで。」
以後、喜久雄と俊介(駿介と記される場面もあるが同人物)は、半二郎の厳しい稽古を共に受ける。ある日、喜久雄を追って春江が大阪に来て稽古を見学し、殴打も辞さない厳しい指導に驚く。稽古後、和江と会った喜久雄は、稽古の楽しさを嬉しそうに語る。
二人は同じ学校に通い、稽古を重ねるうちに次第に親しくなる。稽古を見守る幸子も喜久雄の才能に驚き、帰宅した半二郎に「あの2人、女方で組ませたら面白いかもしれんな。」と話す。
祇園の夜――藤駒との邂逅
ある日、京都・祇園を訪れた喜久雄と俊介。学生ながら芸者遊びに慣れた俊介に対し、喜久雄は酒も飲めず、廊下で一人座っている。そこへ芸者の藤駒が近づき、
「うちは藤一郎はんにする。2号さんでもええから一緒にいさせて。」
と距離を詰める。
万菊の言葉――「その顔に食われないように」
半二郎は二人を連れ、ベテラン女方役者・万菊の楽屋へ挨拶に行く。
「鷺娘勉強させてもらいます」と三人で頭を下げる。万菊は喜久雄だけを残し、顔をじっと見つめて言う。
「ほんと、きれいお顔だこと。役者になるんだったら、邪魔も邪魔。そのお顔に自分が食われちまいますからね。」
劇場で二人は万菊の「鷺娘」を観て、その美に打たれる。
「こんなの恐ろしい、バケモンや。」
「人間国宝は伊達やない。」
舞台を見つめながら、喜久雄の目にはキラキラした映像が浮かんでいた。
青年期――「藤半コンビ」への道
青年となった喜久雄が化粧で舞台支度をしていると、俊介が慌てて入ってくる。
「昨日何件はしごした?」と喜久雄。
「もう幕があがるで、支度しいや」と俊介。
幕が上がり、二人は女方の演技を披露する。その舞台を、興行元・三友の社長・梅木が観て「もっと大きな舞台でやってみては」と提案する。半二郎は「半人前に大舞台勤まりますかな」と驚くが、梅木は「歌舞伎のニュースターが誕生するかもしれん」と乗り気だ。二人は喜ぶが、社員の竹野は冷笑し挑発する。
「歌舞伎はただの世襲。あんたはよそもんや。最後に悔しい思いをするのはあんただぞ。」
喜久雄は「もういっぺん言ってみろ!」と胸倉を掴みかかり、周囲に止められる。
大舞台「二人道成寺」――血と芸が守るもの
二人は「二人道成寺」で大舞台に立つことになる。緊張する二人に半二郎がねぎらい、俊介には「生まれながらの役者の子や。あんたの血が守ってくれる。」、喜久雄には「稽古休んだことないやろ。芸が守ってくれる。」と告げる。
花道へ向かう途中、お互いにデコピンをして緊張を解き、「ほんなら花道で」と別れる。舞台は大歓声のうちに大成功で幕を閉じる。
その夜、女性たちと打ち上げ。「2人で藤半コンビとして頑張っていこうぜ」と労い合う。その店には春江も勤めていた。
春江との夜――「結婚しよう」
夜、喜久雄は春江のアパートで抱き合う。喜久雄が「結婚しよう」と告げるが、春江は答えない。
「きくちゃんは役者として今が大事な時。私がうんと働いてきくちゃんの一番になる。劇場立ててきくちゃんが毎日主役や。」
喜久雄が着替え、明け方に出ていく姿を、春江はそっと見送る。
代役騒動――「お初」をめぐる決断
ある日、半二郎が交通事故で大怪我を負い、病室に運ばれる。五日後に舞台を控え、代役が話題となる。幸子が俊介に「あんた心の準備をしておきなさい」と告げ、俊介もその気配を覗かせるが、電話が鳴り「代役は喜久雄に決まった」と知らされる。幸子は病室で半二郎に翻意を迫る。
「喜久雄は部屋子や。俊介がやるのが筋やろ。おかしいわ。曽根崎心中のお初やで!」
しかし半二郎の決意は固い。
病室から出た俊介は、橋で喜久雄に掴みかかる。
「泥棒と一緒やないか。人のもの勝手に取って行って。強盗や。いきってるちゃうぞ。」
「…と怒った方がおもろいんやろうな。」
「俺も文句ないわ。」と俊介は受け入れる。
喜久雄が「俺にお初がつとまるやろうか。」と不安を漏らすと、俊介は「誰にもつとまるわけないやろ」と声を掛ける。
半二郎は病室で直々にお初の稽古をつけるが、特に見せ場の「死ぬる覚悟が知りたい」の科は何度もダメ出しとなる。喜久雄は自ら頬を打って必死に掴みに行く。劇場稽古では梅木が「大したものや」と評価し、俊介も見守る。
『曽根崎心中』初日――「守ってくれる血をコップ1杯」
初日、化粧に臨む喜久雄の手は震えが止まらない。
「幕が上がると思ったら震えがとまらんねん」
「怒らんできいてくれるか、俺な、今一番欲しいのは俊介の血や。守ってくれる血をコップ1杯飲みたい。」
俊介は涙ぐみながら筆で目元を仕上げる。幕が上がると、喜久雄は見事にお初を演じ、俊介は客席で俯いて涙する。春江もその舞台に目を注ぐ。俊介は席を立ち、春江も追う。ロビーで
「逃げるんとちゃう。俺、本物の役者になりたいねん。」
「わかっとうよ。」
春江は俊介の手を取り、劇場の外へ。舞台は成功し、徳兵衛役の役者に「おまえはようやった」と労われる。幕後、喜久雄の目には再びキラキラした映像が射し込む。
1980年――「悪魔と取引」
八年後。喜久雄は芸者・藤駒と娘の綾乃に会う。「元気してたか」と声をかける。祭りで祠に手を合わせる喜久雄に、綾乃が「何をお願いしてたの?」と問う。
「日本一の歌舞伎役者にしてくださいってお願いしてたんだ。」「悪魔と取引してたんや。日本一にしてくれるんやったらなんもいらないって。」
喜久雄、半二郎、幸子は立花家の墓参りへ。半二郎は「まだ目が見えているうちに襲名をしたい」と告げる。
「わしが花井白虎、お前は花井半二郎を継いだらええ。3代目半二郎や。」
幸子は猛反対する。
「せやかて俊ぼうは?」
「いなくなってもう8年や。未練があったらとうに帰ってきてるわ。」
幸子は「喜久雄、辞退してや。半二郎の名前は俊ぼうの最後の砦や。名前までくれなくても。役者はいじきたない。糖尿で目もほとんど見えへんのに。俊ぼうも俊ぼうや。負けをみとめんと逃げ出したままで。」と失望を滲ませる。
襲名披露当日、人力車に乗る二人の沿道は人で溢れる。綾乃は「お父ちゃん!」と呼び追いかけるが、喜久雄は振り向かない。夜、白虎は
「この世界は親がないのは首がないのと同じ。どんなにつらいことがあっても芸で勝負するんや。」
「一家の敵をとった男やんか」
と喜久雄の顔に触れ、「約束やで」と言い含める。舞台挨拶で喜久雄が口上を述べたのち、白虎が口上に立つが吐血して倒れる。幕が引かれ騒然。白虎は「俊ぼん…」と呟き、喜久雄は「すみません…」と茫然自失。万菊は沈黙のまま見つめる。
1982年――俊介の帰還
喜久雄は俊介と再会する。俊介は「いろいろとおおきに」と頭を下げ、喜久雄は「生きててくれてよかった」と声をかける。俊介が「春江にもおうてもらえねんやろうか。」と言い、ロビーで春江と息子と再会する。俊介は花井半弥として復帰を決意。家族でテレビ出演し、旅館回りで踊っていた苦労を語る。
大部屋で化粧中の喜久雄のもとに竹本が「三代目はいるか」と来て、俊介が万菊の後ろ盾で舞台復帰すると告げる。
「丹波屋の先代の借金もお前が抱えてるんだろ。」
「俺が返す」
「セリフももらえてねえのに」
先代の死後、喜久雄は役に恵まれない日々が続いていた。
喜久雄は、万菊が俊介に厳しい稽古をつけるのをこっそり見に行く。万菊は言う。
「あなた歌舞伎が嫌いでしょ。でもそれでもいいの。それでもやるの。それでも舞台に立つのが私たち役者ってもんでしょ。」
喜久雄はそっと去る。
一方で週刊誌は「極道一家の一人息子」「隠し子」と書き立て、喜久雄は窮地に陥る。上方歌舞伎の第一人者・富士見屋の吾妻に「忠臣蔵」に出してほしいと頭を下げるが、週刊誌の件で当面見送りとなる。楽屋を出ると吾妻の娘・彰子に会い、「ママの誕生日会誘うね」と明るく声をかけられる。
彰子との関係――家を出る覚悟
稽古中、吾妻が押しかけ喜久雄を殴り飛ばす。
「うちの娘に手を出しやがって!!」
彰子が駆け込みかばう。二人はホテルで関係を持っており、彰子は「喜久雄兄ちゃんのお嫁さんになる」と言い、喜久雄は「俺はもう覚悟はできている」と応える。吾妻は彰子に、喜久雄と一緒になりたいなら家を出ろと叱咤する。
喜久雄は先代の霊前に手を合わせ、幸子に「丹波屋の名前に泥を塗ってしまいました。」と詫び、立花家から出ることになる。見送る俊介に、
「結局歌舞伎は血なやないか。芸なんて関係あるか。血筋や。・・・てな感じで怒った方がおもろいんやろうな。」
俊介は「俺が必ずまた呼び戻す。その時は半半コンビで…。」と言うが、喜久雄は逆上する。
「なんで逃げとったお前の力をかりなきゃいけなんや!」
取っ組み合いになり、俊介は「お前ほんまに彰子ちゃんだましたんか。」と問う。やがて喜久雄は待っていた彰子の車に乗り込む。彰子は二人の喧嘩を冷ややかに見ていた。
1986年――滑落と孤舞
四年後。喜久雄は彰子と宴会場などで女方の舞台に立つ。誰からも注目されない場でも必死に踊り、彰子は支える。食事中、半弥が芸術新人賞を獲得したニュースが流れ、喜久雄は店を出る。
宴会場で女方として踊った後、酔客に本物の女性と誤解され、着替え中に男であると露見して殴られる。屋上で乱れた化粧のまま酒を煽る喜久雄に、彰子は「もうやめよう」と告げ、姿を見て「どこみてんの」と言い去る。
「どこみてたんやろうな」と喜久雄は独りごち、夜の屋上でひとり美しく踊り狂う。
乱れて眠る喜久雄のもとへ梅木が現れ、車に乗せる。
「万菊さんがあんたに会いたいってさ。あのばあさん、いやじいさん、もう90すぎとんやで。引退して3年、今更やっとあんたを認める気になったんかな。人間国宝にまでなったっていうのに、芸だけ置いてあの世にいっちまうのかね。」
古びた一軒家に一人入ると、万菊は独り床に伏している。
「ここには美しいものはひとつもないでしょう。なんだかほっとするのよね。」
「あなた、どこにいたんですの?踊ってごらん」
万菊は扇子を手渡す。
1989年――倒れる俊介
喜久雄と俊介は、半二郎・半弥として久々に二人舞台へ。初の大舞台となった「二人道成寺」を再演する。しかしラストの鐘階段で、俊介が倒れる。
病室で「糖尿病で左足が壊死しているってさ。」「膝から下を切らないといけない。」と知らされ、春江は取り乱す。
「1本足でやれる役、なんかあるやろうか。」
喜久雄は「あかんわ、足切るのはあかん。」と涙をこぼす。
1995年――もう一度、『曽根崎心中』
時は流れ、喜久雄は俊介の息子に稽古をつける。俊介は二人きりで話したいと申し出る。すでに足は切断され義足となっていた。息子は芸に身が入らず、
「バスケ部やて。怪我したら舞台に穴開けるっていうたんやけど聞く耳持たない。」
俊介は「俺はもう1回舞台に立ちたいと思っている。」
「俺、曽根崎心中のお初をやりたい。あてつけやないで。あんときのおかげで今の俺がある。」
喜久雄は「ほな俺が徳兵衛やるわ」と応じる。
舞台当日、徳兵衛の喜久雄がお初の俊介の足に触れる。
「死ぬる覚悟を知りたい」
足は壊死が進み色が変わっている。喜久雄は思わず涙ぐむ。
――稽古中の回想。
「俺な、こんな姿を見世物にしたないねん。客が見ているのはこの足や。」と俊介は義足を示す。
「俺にしかできないお初をやりたいねん。」
天井を仰ぎ、「あっこからいつも何かが見ている」「なんやろな」
回想が明け、俊介の体力は限界に達する。喜久雄は彼の体を抱えて一度袖へ。スタッフは「もうこれまでか」と案じるが、喜久雄は「最後までやる」と続行を選ぶ。梅木は「あんな生き方できないよな。救急車呼んどけ」と指示。二人は涙しながら最後まで演じ切り、幕が下りる。
2014年――人間国宝、そして「景色」
花井半弥の死から十五年。雪が舞う中、喜久雄=三代目花井半二郎は人間国宝に選ばれ、インタビューを受ける。
「女方を極められた三代目ですが、今後はどこに向かわれるのでしょうか。」
「ずっと探しているものがありまして…風景なんですけど…。」
それは幾度となく目の中に飛び込んできた、キラキラした映像である。
「うまいこと言えへんですわ」
撮影が始まると、カメラマンの女性が声をかける。
「藤駒という女性を覚えていますか。祇園の芸子です。」
「忘れてへんよ。綾乃。」
「私はあなたのことを父親だと思ったことはありません。あなたがここまでたどり着くまでどれだけの人が犠牲になったと思いますか。
けどな、うち普段の花井半二郎見たらなんやお正月迎えたような、いいこと起こりそうな、何もかも忘れてこっちおいでって誘われるような、見たことないところ連れて行ってもらうようなそんな気持ちになるねん。気付いたらめっちゃ拍手してたわ。
お父ちゃん、ほんまに日本一の歌舞伎役者になったね。」
喜久雄は代名詞「鷺娘」を踊り、多くの観客を魅了する。幕が下りたあと、雪が舞うような美しい景色を思い浮かべ、
「きれいやな。」
と涙を浮かべる――。
映画版ラストシーンの描写
映画のラストは、人間国宝に認定された喜久雄(三代目花井半二郎)が『鷺娘』を舞う場面で幕を閉じる。紙吹雪が舞い散る中、喜久雄は「美しい」と呟き、その姿は観客を圧倒する。
この舞台を見つめていたのは、かつて喜久雄が関係を持った芸者・藤駒の娘・綾乃だった。写真家となった彼女は、父を憎んでいたが、舞台での芸の美しさに心を揺さぶられ、涙ながらに拍手を送る。芸の力が血のしがらみを越え、人の心を動かす瞬間が描かれている。
喜久雄が探し求めた「景色」の正体
作中で繰り返し描かれるのが、喜久雄が追い続けた「景色」である。
その答えは、15歳の冬の夜、雪の中で父が殺される場面にあった。彼の脳裏に焼き付いたのは、父の最期と共に広がる白い雪の光景。その「美しさ」と「死の瞬間」が重なり合った記憶だったのだ。
『鷺娘』で紙吹雪が降る瞬間、喜久雄はその景色を芸術として再現することに成功する。これはすなわち、「芸による復讐」であったといえる。父の死を自らの舞台に昇華することで、喜久雄は人生の目的を果たしたのである。
ラストシーンには2つの意味がある?
「国宝」のラストは、現実の舞台上の成功としても、死後の比喩としても読める二重構造になっています。
- 喜久雄(三代目花井半二郎)は、人間国宝に認定され『鷺娘』を舞う。
- 紙吹雪の中で「きれいやな」と涙を浮かべる。
- 観客の拍手、娘・綾乃の言葉も重なり、芸の完成・復讐の成就として幕が下りる。
この読み方では「芸で生き抜いた男の勝利」が強調されます。
死後の世界とする考察
一方で「キラキラ舞う光景=死後の景色」とする見方もあります。
- 喜久雄は冒頭からずっと「探している景色」を口にしてきた。
- それは父の死の夜に見た雪景色であり、呪いのように彼を縛ってきた。
- ラストの紙吹雪は雪と重なり、死の瞬間の再現とも言える。
- 喜久雄の「きれいやな」は、芸で上書きした救いであると同時に、人生の終幕の吐息のようにも響く。
また「俊介も春江もすでに舞台で命を燃やし尽くした」という解釈を広げれば、主役3人が舞台で死んだ=舞台そのものが死後の世界だったという読みにもつながります。
どちらの読みが正しいのか?原作との結末の違い
原作小説では、ラストはもっと直接的に「死」を暗示します。
- 阿古屋を演じた後、客席を抜けて外へ。
- 車のヘッドライトに照らされる描写があり、交通事故死を匂わせて終わる。
つまり小説版は「死」で幕を閉じる。
映画版は「芸による完成」で終わる。
ですが、映画の紙吹雪=雪のイメージが「死の景色」と重なるため、観客が「実は死後だったのでは?」と読む余地を残しているわけです。
考察
映画はあえて 二重解釈が可能なラストを用意したのだと思います。
- 表層:人間国宝として芸の完成に到達した男の栄光
- 裏層:死後にしか見られない景色をようやく目にした男の最期
その両方を同時に感じ取れるからこそ、あの「きれいやな」という言葉が観客の胸に強く響くのだと思います。
「才能」と「血統」というテーマ
俊介は血統によって歌舞伎界に復帰することができたが、喜久雄にはその特権がなかった。才能だけでのし上がった彼は、血筋のない世界で常に疎外され続ける。
最終的に彼はすべてを犠牲にし、悪魔との取引のような人生を歩んで人間国宝という頂点に立つ。ここには「芸に取り憑かれた人間の業」と「血統の呪縛」が鮮烈に描かれている。
万菊の言葉の意味
ベテラン女方役者・万菊が初めて喜久雄に語った「その美しい顔は芸をするなら邪魔になる。自分がその顔に食われないように」という言葉は、彼の運命を暗示していた。天性の美貌は芸を輝かせる一方で、彼自身の人生をも呑み込んでいったのだ。
まとめ
映画『国宝』は、父を失った少年が歌舞伎の世界で生き抜き、人間国宝にまで上り詰めるまでの壮絶な物語である。ラストシーンで喜久雄が見た「景色」は、父の死の瞬間に見た雪景色と、自らの芸術が重なり合ったものだった。
「才能か、血統か」。その答えを探し続けた喜久雄は、最終的に才能で芸を極め、血統を超える瞬間を手にした。
芸術への狂気と執念を描き切ったこの映画は、観る者に深い余韻を残すに違いない。
おわりに
映画『国宝』は、喜久雄が追い続けた“景色”を、最後の舞台『鷺娘』でようやく手にするまでの壮絶な物語でした。雪と紙吹雪が重なるラストシーンでの「きれいやな」という一言には、父を失った夜から芸にすべてを捧げた人生の集大成が込められています。
映画で描かれた結末は、美しさと救済を感じさせるものでしたが、原作小説『国宝』には映画とは異なるラストが描かれています。そこにはまた別の衝撃と余韻があり、読み終えたときに映画とは違った「国宝」の姿が浮かび上がります。
映画で心を動かされた方は、ぜひ原作を手に取り、もう一つの「国宝」を体験してみてください。
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ここまで読んでいただきありがとうごさいました。
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