※本記事の一部はAIを活用して作成しています。
はじめに
辻村深月さんの小説『ファイア・ドーム』で、戌井光汰朗を誘拐し、廃校の音楽室へ監禁した犯人は本間尊先生でした。
本間先生は、美冬が新任教師だった頃に指導を担当してくれた人物です。温厚な図工教師として信頼されていた本間先生が、なぜ教え子である光汰朗を誘拐したのでしょうか。
その動機には、25年前に亡くなった田村晋也くんへの思いと、「新沼紗英か父親の忠治が晋也くんを殺した」という噂が深く関係していました。
本間先生は、最初から光汰朗を殺したり、長期間監禁したりするつもりだったわけではありません。
しかし、噂を真実だと信じ続けた結果、新沼家への復讐を望むようになり、取り返しのつかない犯罪へ進んでしまいます。
この記事では、本間先生が光汰朗を誘拐した理由、田村晋也くんとの関係、噂を信じ込んだ経緯、廃校に監禁した理由まで詳しく解説します。
※物語全体の結末や犯人の正体を知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
▶『ファイア・ドーム』ネタバレ結末|犯人の真相とタイトルの意味を徹底解説
※ここからは『ファイア・ドーム』の結末までネタバレしています。
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光汰朗を誘拐した犯人は本間先生
光汰朗は、小蒔山の近くで担任の佐村美冬に目撃された後、行方不明になりました。
美冬は、写生大会で描いた絵の続きをするために蝶を探しているという光汰朗へ、家まで送ろうかと声をかけます。
しかし、光汰朗に断られ、美冬はその場を離れました。
これが光汰朗の最後の目撃情報となり、美冬は「子どもを一人で帰した無責任な担任」として、ネット上で激しく批判されます。
光汰朗はその後、廃校となった奥野小学校の音楽室で発見されました。
救出のきっかけを作ったのは、光汰朗の友人である鞍井速人と一樹です。
二人は少年サッカーチームのコーチ・巽直弘の不審な行動を追い、偶然、奥野小学校へたどり着きます。
巽から逃げて校舎内へ入った二人は、音楽室に誰かが閉じ込められていることに気づきました。
透真たちが扉を壊すと、中にいたのは行方不明になっていた光汰朗でした。
しかし、光汰朗を閉じ込めた犯人は巽ではありません。
光汰朗は、美冬が信頼していた図工教師・本間尊に連れ去られていました。
本間先生はどのような人物だった?
本間尊は63歳の図工教師です。
美冬が教師になった最初の1年間、新任指導教諭として美冬を支えていました。
再任用となった後も学校で勤務しており、美冬にとっては困った時に相談できる、信頼のおける先輩教師でした。
穏やかで、子どもの絵や才能を大切にする教師だったため、本間先生が光汰朗誘拐事件の犯人だとは、周囲もすぐには想像できませんでした。
本間先生が光汰朗を誘拐した理由を知るには、25年前の田村晋也くん事件までさかのぼる必要があります。
本間先生と田村晋也くんの関係
25年前、小学4年生だった田村晋也くんが、学校からの帰宅途中に行方不明になりました。
晋也くんは、小蒔山の麓にある地域に住んでいました。
通学路から外れた山道では、血痕やブレーキ痕、ガードレールに車が衝突したような跡が見つかります。
警察は、晋也くんが交通事故に遭い、その後、運転手によって連れ去られた可能性があると考えました。
当時、本間先生は晋也くんの学校で図工を教えていました。
晋也くんには優秀な弟がおり、家庭では弟と比べられ、十分に認められていない面がありました。
しかし、晋也くんには絵の才能がありました。
本間先生が図工を教える中でその才能を伸ばし、晋也くんは絵のコンクールで特選を受賞しています。
本間先生にとって晋也くんは、特別に心を寄せていた児童だったのでしょう。
本間先生自身も、当時、乳児突然死によってわが子を亡くしていました。
子どもを失った悲しみと、教え子である晋也くんへの思いが重なり、本間先生は晋也くんの事件へのめり込んでいきます。
事件後には「晋也くんを忘れない会」の活動にも強く関わっていました。
晋也くんが消えた日にかかってきた電話
本間先生が長年、自分を責め続ける原因となったのが、晋也くんが行方不明になった日の電話です。
その日、学校に男から電話がかかってきました。
男は、
「まだ家へ帰っていない子どもはいますか」
という意味の質問をします。
しかし、時刻はまだ午後5時前でした。
子どもが帰宅しているかどうかを、学校が把握するには早い時間です。
電話を受けた本間先生は、質問の意図がわからず、どういう意味なのかと聞き返します。
すると、男は電話を切ってしまいました。
その日の夜になって、晋也くんが家へ帰っていないことが判明します。
本間先生は、自分がもっと適切な応対をしていれば、晋也くんを救えたのではないかと考えるようになりました。
電話の男から情報を聞き出せていたら。
不審な電話として、すぐに周囲へ知らせていたら。
事件を止められたのではないかという思いが、本間先生の中に25年間残り続けます。
電話をかけた本当の人物は久我隆太
学校へ電話をかけた人物は、新沼紗英を誘拐して殺害した久我隆太でした。
久我は車で晋也くんをはねた後、その事故を利用して金を得ることを思いつきます。
しかし、久我は晋也くんの名前や家族を知りませんでした。
そこで学校へ電話をかけ、まだ帰っていない児童がいるか確認しようとしたのです。
本間先生に質問の意味を聞き返された久我は、電話を切ります。
晋也くんを利用した誘拐を諦めた久我は、その後に立ち寄った一郷屋百貨店で受付嬢の新沼紗英を見かけました。
そして、新聞記者を装い、紗英を誘拐します。
つまり、本間先生が受けた不審電話は、確かに晋也くん事件の犯人からの電話でした。
本間先生が「あの電話は事件と関係があった」と感じたこと自体は、間違いではありません。
しかし、本間先生は電話の相手を間違えてしまいました。
なぜ電話の声が新沼忠治の声に変わったのか
本間先生は、電話をかけてきた男の声を何度も思い出そうとします。
ところが、時間がたつにつれて、その声は本間先生の記憶の中で、新沼紗英の父親・忠治の声へと変わっていきました。
本間先生が忠治を疑った背景には、町に広がった噂があります。
紗英が誘拐されたのは、晋也くんが行方不明になった翌日でした。
晋也くんの事件と紗英の誘拐事件が近い時期に起きたことで、二つの事件を結びつける噂が広がります。
「晋也くんを車ではねたのは紗英ではないか」
「父親の忠治が娘の罪を隠したのではないか」
「忠治と久我は以前から知り合いだった」
「保険金目当てで、忠治が久我へ娘の殺害を依頼した」
これらは、すべて根拠のない噂でした。
しかし、同じ話を何度も聞くうちに、本間先生の中で噂と記憶が結びつきます。
誰がかけてきたのかわからない電話の声。
新沼家が晋也くんを殺したという噂。
晋也くんの事件が紗英の事件によって忘れられていくことへの怒り。
それらが混ざり合い、電話の男の声は、いつしか忠治の声として記憶されるようになったのです。
※本間先生が信じ込んだ25年前の事件の真相は、こちらで詳しく解説しています。
▶『ファイア・ドーム』紗英は田村晋也を殺した?25年前の事件の真相をネタバレ解説
なぜ本間先生は噂を信じたのか
本間先生が噂を信じた理由は、単純にだまされやすかったからではありません。
本間先生には、噂を信じたい理由がありました。
まず、本間先生は晋也くんを救えなかったことに強い罪悪感を抱いています。
自分の電話応対が間違っていたのではないか。
あの時、何かできたのではないか。
この答えの出ない後悔を抱え続けることは苦しいものです。
一方で、「新沼家が晋也くんを殺した」という噂を信じれば、晋也くんが亡くなった原因と、憎むべき相手が明確になります。
本間先生は、自分を責めるだけでは耐えられなくなり、怒りを新沼家へ向けることで、心の均衡を保っていたのではないでしょうか。
また、晋也くんの失踪直後に起きた紗英の誘拐事件は、全国的なニュースとなりました。
警察や報道の関心も、次第に紗英の事件へ集中していきます。
晋也くんの事件は、紗英の誘拐事件の陰に隠れるように、小さく扱われるようになりました。
本間先生には、晋也くんの存在や死が、新沼家の事件によって奪われたように感じられたのでしょう。
小学館の公式紹介では、本作は25年前の事件に対し、人々がいつまでも関心を持ち、終わらせたくなかった物語として紹介されています。事件への好奇心や噂が、長い年月を経ても消えないことが作品の中心に置かれています。
警察が新沼家の車を調べなかったことも疑いに変わった
事件後、新沼家が車を買い替えたことから、「事故の証拠を隠すために車を処分した」という噂も流れました。
実際には、車の買い替えは事件前から決まっていました。
しかし、本間先生は、警察が新沼家の車を詳しく調べなかったことにも疑念を抱きます。
忠治は議員でした。
そのため本間先生は、忠治の立場や権力によって、捜査が十分に行われなかったのではないかと考えるようになります。
実際に警察が新沼家の車を調べなかったのは、紗英や忠治が晋也くんをはねたという話が、捜査する根拠もない荒唐無稽な噂だったからです。
しかし、すでに新沼家を疑っている本間先生には、警察が調べなかったこと自体が「隠蔽の証拠」に見えていました。
疑いを持った人は、疑いを否定する情報ではなく、疑いを補強する情報ばかりを拾うようになります。
本間先生の中では、
- 新沼家が車を買い替えた
- 忠治は議員だった
- 警察は車を調べなかった
- 不審電話の声が忠治に似ていた
という断片がつながり、一つの物語が完成していました。
本間先生にとっては、噂ではなく、疑いようのない「真実」になっていたのです。
25年後に光汰朗と出会う
事件から25年後、忠治の孫である戌井光汰朗が、本間先生の勤務する小学校へ入学してきます。
光汰朗は、紗英の妹・絵梨の息子です。
本間先生は、新沼家の孫が自分の勤務先へ入学してきたことに、因果のようなものを感じます。
光汰朗は小柄で物静かであり、周囲の様子をよく見て行動する子どもでした。
一方で、本間先生は光汰朗に対して、新沼家の中で大切に守られて育った「箱入り息子」のような印象を持ちます。
光汰朗は、母親の姉である紗英が誘拐され、殺されたことは知っていました。
しかし、晋也くんの事件や、紗英にどのような噂が流れたのかまでは知りません。
本間先生は、何も知らずに育つ光汰朗を見ながら、怒りを募らせていきました。
自分は25年間、晋也くんの死を忘れられずに苦しんできた。
それなのに、晋也くんを殺したと信じる新沼家の子どもは、何も知らずに守られて生きている。
本間先生には、それが不公平に見えたのです。
本間先生が光汰朗に与えたかったものは「一生消えない傷」
本間先生は、教員を辞める前に、光汰朗へ新沼家の「真実」を教えたいと考えるようになります。
本間先生が光汰朗へ伝えたかったのは、
「お前の家族は人殺しだ」
という言葉でした。
何も知らない光汰朗に家族の罪を教え、一生消えない傷を残す。
それこそが、新沼家が最も嫌がることであり、晋也くんのための復讐になると考えたのです。
ここで重要なのは、本間先生が最初から光汰朗を誘拐し、監禁しようとしていたわけではないことです。
本間先生は、自分が信じる真実を伝え、光汰朗の心を傷つけようとしていました。
身体的に殺すのではなく、子どもの心の中に消えない傷を残そうとしたのです。
しかし、それは教師が子どもにしてよい行為ではありません。
本間先生は、自分の行為を「真実を教えること」や「晋也くんのための正義」と考えていました。
けれど実際には、何も知らない光汰朗を使って新沼家へ復讐しようとしただけでした。
本間先生はどこで光汰朗に声をかけた?
本間先生は写生大会で光汰朗に声を掛けます。
その時、本間先生の中で、長年押さえていた気持ちがあふれました。
今なら話せると思い、光汰朗へ、
「知らないのか。お前の家が何をしたのか」
という意味の言葉を口にします。
そして、本間先生は光汰朗と、小蒔山でスケッチをする約束をします。
本間先生が図工教師であり、光汰朗も絵を描くことに関心を持っていたため、不自然な誘いではなかったのでしょう。
光汰朗も、信頼している学校の先生から誘われたことで、警戒しませんでした。
光汰朗が斜面から滑り落ちる
小蒔山で待ち合わせた後、本間先生は光汰朗へ、新沼家にまつわる噂を伝えます。
紗英が晋也くんを車ではねた。
本当は町のみんなが知っている。
しかし、新沼家は誘拐殺人事件の被害者だから、かわいそうに思われ、誰も口にしない。
光汰朗は、本間先生の話を信じてしまいます。
その場で光汰朗は斜面を滑り落ち、けがをしました。
本間先生は激しく動揺します。
光汰朗へ噂を伝えるだけのつもりだったのに、けがをさせてしまった。
このまま家へ帰せば、自分が光汰朗を山へ呼び出したことが発覚します。
本間先生は、光汰朗をすぐに帰すことができなくなりました。
しかし、途方に暮れる気持ちと同時に、本間先生の中には別の感情も生まれます。
光汰朗が帰らなければ、新沼家は晋也くんの家族と同じ苦しみを味わう。
忠治は反省し、今度こそ本当のことを話すかもしれない。
紗英か自分が晋也くんを殺したと認めるかもしれない。
偶然のけがをきっかけに、本間先生の目的は、心を傷つけることから、実際に新沼家を苦しませることへ変わっていきます。
光汰朗を廃校へ連れていった理由
本間先生は、光汰朗に「病院へ行こう」と話します。
しかし、実際に連れていったのは、廃校になった奥野小学校でした。
奥野小学校は、本間先生が以前勤務していた学校です。
本間先生には、いつか廃校の校舎全体を使い、子どもたちが大規模な創作活動を行える場所を作りたいという夢がありました。
学校が廃校になると知った本間先生は、建物が残っているうちにその夢を実現できないかと考え、ひそかに合鍵を入手していました。
その合鍵を使い、本間先生は光汰朗を校舎内へ連れていきます。
本来であれば、子どもたちの創造力を育てる場所にしたかった校舎。
しかし本間先生は、自分の夢よりも復讐を選び、校舎を監禁場所として使いました。
本間先生が理想としていた図工の活動場所と、光汰朗を閉じ込める場所が同じであることは、本間先生が教師として越えてはいけない一線を越えたことを象徴しています。
最初から長期間監禁する計画ではなかった
本間先生は、光汰朗を音楽室へ入れ、最初は扉が開かないよう、つっかえ棒をしただけでした。
その時点では、計画的に長期間監禁する準備をしていたわけではありません。
翌日、本間先生は食べ物と南京錠を用意し、再び奥野小学校へ向かいます。
本間先生が食料や南京錠を準備したことで、一時的だったはずの行為は、明確な監禁へ変わりました。
学校へ戻るまでの間、本間先生は、いっそ光汰朗が逃げていてくれればよいと考えます。
その一方で、何かが起きて光汰朗が死んでいたらどうしようと恐れていました。
音楽室で無事な光汰朗の姿を確認すると、本間先生は腰が抜けそうになるほど安堵します。
自分が誘拐したにもかかわらず、光汰朗が生きていることにほっとする。
復讐を望みながら、死なせることはできない。
逃げてほしいと思いながら、南京錠を用意する。
本間先生の行動には、矛盾が繰り返されています。
本間先生は光汰朗を殺すつもりだった?
結論から言うと、本間先生は、光汰朗を殺すつもりで誘拐したわけではありません。
本間先生が当初望んだのは、光汰朗の心に消えない傷を残し、新沼家へ苦しみを与えることでした。
光汰朗がけがをしたことで、その場しのぎに廃校へ連れていき、帰せなくなったと考えて監禁します。
それでも、光汰朗が無事であることを確認して安心し、心のどこかでは誰かに発見されることも望んでいました。
ただし、「殺すつもりがなかった」からといって、本間先生の罪が軽くなるわけではありません。
光汰朗を閉じ込めたままにすれば、食料や水が尽きたり、容体が悪化したりする可能性があります。
自分の復讐のために子どもの命を危険にさらした以上、本間先生は光汰朗の生死を運に任せたことになります。
本間先生が光汰朗に伝えた噂
救出された光汰朗は、家族へ監禁中の出来事をなかなか話しませんでした。
家族は、同じ廃校にいた巽コーチから性的な被害を受けたため、話せないのではないかと心配します。
しかし、光汰朗が抱えていたのは、本間先生から聞かされた家族の噂でした。
光汰朗は、美冬に次のような意味のことを打ち明けます。
母親の姉である紗英が、小学生の男の子を車ではねて殺した。
けれど、その後に紗英自身が誘拐されて殺されたため、逮捕されなかった。
町のみんなは真実を知っているが、新沼家がかわいそうな被害者だから誰も言わない。
光汰朗は、本間先生の話を信じていました。
さらに光汰朗は、家族の空気を読み、この話を口にしてはいけないと考えます。
本間先生の望みどおり、光汰朗の心には家族への疑いと、消えない傷が残ってしまったのです。
新沼家が光汰朗に真実を話していなかった問題
忠治や絵梨は、光汰朗を大切にしていました。
しかし、紗英の誘拐殺人事件や、その後に広がった噂について、光汰朗へ詳しく説明していませんでした。
家族にとって紗英の事件は、触れるだけで傷が開く出来事です。
光汰朗を守るためにも、詳しく話さない方がよいと考えていたのでしょう。
ところが、説明されない子どもは、何も感じないわけではありません。
光汰朗は、家の中にある「紗英の事件について触れてはいけない」という空気を感じ取っていました。
そのため、本間先生から噂を聞かされた後も、家族に直接確認できません。
そして、
「みんなにとっては、自分よりも紗英の方が大切なのではないか」
という思いを抱くようになります。
本間先生だけでなく、新沼家が過去を語らずにいたことも、光汰朗が噂を一人で抱え込む原因になりました。
本間先生はなぜ逃亡した?
光汰朗は救出された後、自分を閉じ込めたのは本間先生だと証言します。
本間先生は、美冬が図工室を訪ねた時には、すでに学校から姿を消していました。
妻には、写生旅行へ行くというような説明をしていたため、すぐには居場所がわかりません。
警察は本間先生を指名手配します。
同時に、自殺する可能性も心配されました。
本間先生は光汰朗に危害を加え、教師としての人生も、周囲からの信頼も失いました。
さらに、自分が信じてきた正義が、子どもを傷つける犯罪にすぎなかったことにも、気づきはじめていたのでしょう。
忠治はなぜ笠山へ向かった?
忠治は、自分でも本間先生と会って何をするつもりなのかわからないまま、行方を捜します。
光汰朗を捜索していた時、忠治は本間先生から声をかけられていました。
本間先生は、
「見つかるといいですね。ビラも無駄になるといい」
という意味の言葉をかけます。
「無駄」という否定的な言葉が忠治の記憶に残っていました。
後から考えれば、その時すでに光汰朗の命は本間先生に握られていたことになります。
忠治は、本間先生が山へ逃げ込んだ可能性を考えます。
事件現場である小蒔山には警察がいます。
光汰朗が監禁されていた杉ヶ峠でもない。
そこで忠治は、紗英の遺体が発見された笠蔵ダムにもつながる笠山を思い浮かべました。
そして山中で、本間先生を発見します。
「孫を殺さないでくれてありがとう」
忠治が見つけた時、本間先生は木で首をつり、命を絶とうとしていました。
忠治と目が合うと、本間先生は逃げます。
忠治は、何を言えばよいのか、自分でもわかっていませんでした。
娘の紗英を殺された忠治にとって、孫の光汰朗まで奪われる恐怖は、耐え難いものだったはずです。
それでも忠治の口から出たのは、本間先生を責める言葉ではありません。
光汰朗を殺さずにいてくれたことへの感謝でした。
忠治は本間先生を許したわけではありません。
監禁を正当化したわけでもありません。
ただ、紗英を失った経験がある忠治にとって、光汰朗が生きて帰ってきたことだけで、涙が出るほどありがたかったのです。
本間先生は忠治の顔を見た後、その場を去ります。
そして翌日、警察へ出頭しました。
本間先生が死のうとした木の意味
本間先生が首をつろうとしたのは、楡の木でした。
物語の後半では、田村晋也くんのランドセルも、楡の木の下に埋められていたことがわかります。
本間先生は、ランドセルの場所を知りません。
そのため、同じ種類の木であることは偶然です。
それでも、晋也くんへの罪悪感と執着に支配されてきた本間先生が、楡の木の下で死のうとしたことには、象徴的な意味を感じます。
本間先生は、晋也くんを助けられなかった過去から抜け出せず、25年間、心の中で晋也くんを捜し続けていました。
楡の木の下に晋也くんのランドセルが眠っていたように、本間先生の中にも、事件当時の後悔が埋まったままだったのです。
本間先生の供述と本当の動機
本間先生は出頭後、光汰朗に危害を加えるつもりは当初からなかったと供述します。
また、光汰朗がけがをしたことで家へ返せなくなり、監禁したと説明しました。
これは完全な嘘ではありません。
本間先生は最初から、光汰朗を監禁する計画を立てていたわけではありませんでした。
ただし、それだけが動機でもありません。
光汰朗が帰らなければ、新沼家が苦しむ。
忠治が晋也くんを殺したことを認めるかもしれない。
その思いがあったからこそ、本間先生は光汰朗を廃校へ連れていき、南京錠まで用意しました。
本間先生の本当の動機は、晋也くんへの思いから生まれた、新沼家への復讐です。
真犯人が久我だと知った本間先生
物語の終盤、田村晋也くんを車ではねたのは久我隆太だったと判明します。
久我が埋めた晋也くんのランドセルも発見され、噂ではなく、物的証拠によって真相が示されました。
拘置所にいた本間先生は、新聞によってその事実を知ります。
自分が25年間信じていた「新沼家が晋也くんを殺した」という話は、真実ではありませんでした。
さらに、晋也くんが消えた日に学校へ電話をかけてきた男も忠治ではなく、久我だったことになります。
本間先生が何度も思い出そうとし、やがて忠治のものだと信じた声。
その記憶もまた、噂によって作り変えられたものでした。
本間先生は、噂を信じた被害者のようにも見えます。
しかし同時に、確かめていない噂を子どもへ伝え、光汰朗を傷つけた加害者です。
公式サイトに寄せられた書店員の感想でも、本作について、悪意がなくても人は加害者になり得ることや、知らないこと・考えないことの恐ろしさが指摘されています。
本間先生は「悪人」だったのか
本間先生は、最初から残酷な犯罪者だったわけではありません。
晋也くんの才能を認め、子どもの心に寄り添うことのできる教師でした。
自分の子どもを亡くした悲しみを抱えながら、教え子である晋也くんの死にも苦しんでいます。
晋也くんを忘れないでほしい。
事件の真相を明らかにしてほしい。
その思い自体は、理解できないものではありません。
しかし、本間先生は、自分が信じる真実を疑わなくなりました。
新沼家が犯人であるという前提に立ち、その前提に合う情報だけを集め、記憶まで変化させていきます。
そして、何の責任もない光汰朗に復讐しました。
本間先生の恐ろしさは、生まれつきの悪人ではないことにあります。
子どもを大切にしていた教師が、正義感と悲しみを抱えたまま、噂によって加害者へ変わってしまいました。
本作を読んだ書店員からも、消えたと思われた火が土の中でくすぶり、何かのきっかけで再び炎になるという感想が寄せられています。25年間消えなかった噂の火が、本間先生を通して再燃したと読めます。
本間先生と巽コーチは別の犯人
光汰朗が発見された奥野小学校には、少年サッカーチームのコーチ・巽直弘もいました。
そのため、読み進めている途中では、巽が光汰朗を誘拐した犯人ではないかと疑われます。
しかし、本間先生と巽コーチの事件は、偶然同じ廃校で重なった別の事件です。
本間先生は、合鍵を使って光汰朗を校舎内へ連れていき、音楽室に監禁していました。
一方の巽は、廃校の校庭にあるサッカーゴールを個人練習に利用していました。
巽には鍵がなかったため、逃げ込んだ速人と一樹を追いかけ、窓ガラスを割って校舎へ侵入しようとします。
速人たちが巽の行為を目撃しなければ、廃校へ来ることはなく、光汰朗も発見されなかった可能性があります。
複数の事件が偶然重なったことで、光汰朗の命は救われました。
本間先生が示す「噂」の恐ろしさ
『ファイア・ドーム』は、犯人を当てることだけが目的のミステリーではありません。
作品の中心にあるのは、噂が人の記憶や判断を変え、現実の事件を生み出す怖さです。
本間先生は、新沼家にまつわる噂を25年間信じました。
その結果、本間先生の中では、曖昧な電話の声まで忠治の声へと変化します。
証拠がないことは、疑いを否定する理由になりません。
むしろ、警察が新沼家を捜査しなかったことすら、隠蔽があった証拠だと受け取ります。
そして最後には、噂を知らない光汰朗へ「真実を教える」という名目で、復讐を実行しました。
最初は実体のない言葉だった噂が、人の中で真実となり、25年後に新しい誘拐事件を起こしたのです。
『ファイア・ドーム』は、地方都市に残る噂と事件の傷を描いた作品として紹介されており、読者からも物語の核は「噂」にあると受け止められています。
本間先生の動機をまとめると
本間先生が光汰朗を誘拐した動機は、次のように整理できます。
本間先生は、25年前に田村晋也くんを救えなかったと、自分を責めていました。
晋也くんへの強い思いと、新沼家を犯人とする噂が結びつき、本間先生は忠治か紗英が晋也くんを殺したと信じます。
25年後、その新沼家の孫である光汰朗が勤務先の学校へ入学してきました。
本間先生は、何も知らずに守られている光汰朗へ家族の罪を教え、一生消えない傷を残すことが、新沼家への復讐になると考えます。
小蒔山で光汰朗に噂を伝えた後、光汰朗が斜面から滑り落ちてけがをしました。
すぐに帰せなくなった本間先生は、以前勤めていた廃校へ光汰朗を連れていきます。
その後、「光汰朗が帰らなければ新沼家も苦しむ」という思いに負け、音楽室へ監禁しました。
つまり、本間先生の動機は、
晋也くんを救えなかった罪悪感
新沼家が犯人だという思い込み
晋也くんの事件が忘れられたことへの怒り
新沼家へ同じ苦しみを与えたいという復讐心
が重なったものです。
おわりに
『ファイア・ドーム』で光汰朗を誘拐した本間先生は、最初から光汰朗を殺したり、長期間監禁したりするつもりだったわけではありません。
本間先生の当初の目的は、光汰朗へ「家族は人殺しだ」と伝え、心に一生消えない傷を残すことでした。
本間先生は、田村晋也くんが行方不明になった日に、不審な電話を受けています。
その電話にうまく対応できなかった自分を責め、晋也くんの死を長年引きずっていました。
そこへ「紗英か忠治が晋也くんを殺した」という噂が重なります。
何度も噂を聞くうちに、本間先生の記憶の中では、電話の男の声まで忠治の声へ変わっていました。
25年後、忠治の孫である光汰朗と出会ったことで、本間先生が押さえていた復讐心が表面化します。
しかし、小蒔山で光汰朗がけがをしたことから、その場しのぎだった行動は誘拐と監禁へ変わりました。
本間先生は噂に人生を狂わされた人物であると同時に、その噂を子どもへ伝え、新たな被害を生んだ加害者でもあります。
本当は、晋也くんを車ではね、学校へ電話をかけたのは久我隆太でした。
紗英は晋也くんを殺したのではなく、自分が誘拐されている状況で晋也くんを助けようとして、久我に殺されています。
本間先生が25年間信じた真実は、噂によって作られた物語でした。
『ファイア・ドーム』が描いた最も恐ろしい点は、噂が間違っていたことだけではありません。
悲しみや正義感を抱えた普通の教師が、噂を疑わなくなり、何も知らない子どもを傷つける犯人へ変わってしまったことです。
悪意がなくても、人は噂を信じ、広げ、誰かを傷つける側になることがあります。
本間先生は、その危うさを最も強く表す人物だったのではないでしょうか。
ここまで読んでいただきありがとうごさいました。
※本間先生が単純な悪人ではなく、噂によって記憶と人生を狂わされた人物であることは、原作の細かな心理描写を読むとさらに理解できます。
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