はじめに
湊かなえ『人間標本』のネタバレです。
犯人も書いているので、自分で知りたい。という方は、途中まで読んでください。
湊かなえ『人間標本』作品紹介
湊かなえ(みなと・かなえ)が放つ最新作『人間標本』は、イヤミス(背筋がぞっとする嫌なミステリー)の女王としての新境地を感じさせる作品です。デビュー15周年を記念した書き下ろしであり、読者を戦慄と深い余韻へ誘う一冊として注目されています。
発売日・基本情報
- 文庫版発売日:2025年11月21日(金)
- 判型/ページ数:文庫判・約336ページ(角川文庫)
- 定価:924円(税込)
- 著者:湊かなえ(ミステリー作家)
本作は元々2023年12月13日に単行本で刊行されており、文庫化に伴い新たな読者層に届けられています。
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『人間標本』 あらすじ
「人間も一番美しい時に標本にできればいいのにな――」
この一文から物語は始まります。
蝶の美しさを愛する大学教授・榊史朗(さかき・しろう)は、蝶そのものになるかのように美しい少年たちを次々と殺害し、「人間標本」として遺体を残したと自ら語ります。
発見されたのは、ひどく損壊された 6人の少年の遺体。
その異様さは社会に衝撃を与えました。
史朗は告白します――
少年たちを「蝶に見立てた標本」として永遠の美を留めたかったのだ、と。
この作品はどこまでも耽美で、狂気と哀しみが絡み合うミステリーです。
単なるサスペンスを超えて、「美とは何か」「親子の愛とは何か」というテーマまで深く切り込みます。
湊かなえという作家について
湊かなえは『告白』をはじめ、日本のイヤミスジャンルを代表する作家として知られています。
人間の深い心理や暗部を静かに、しかし容赦なく抉る作風で読者を惹きつけてきました。
本作『人間標本』も、ただの異常犯罪譚ではなく、登場人物たちの心の闇と美意識が交錯する濃密な物語として構成されています。
読みたくなるポイント
衝撃の冒頭
異常殺人の第一報から始まり、犯行者自身の手記が物語を引っ張る構造は、読み進めるほどに読者の心理に忍び寄ります。
美と狂気の共存
「標本」という行為を通じて描かれる“美への執着”は、単なる猟奇事件ではなく、人間の根源的な欲望を炙り出す仕掛けになっています。
人間心理への深い洞察
なぜ犯人は美を求めたのか。
少年たちは標本になることをどう受け止めたのか。
親と子、芸術と倫理、人間と対象――
複数のテーマが絡み合い、読み終えた後も尾を引く余韻を残します。
『人間標本』ネタバレ
※ここから先は、
湊かなえ『人間標本』の結末・真相を含む重大なネタバレです。
未読の方はご注意ください。
表向きの事件
表向きの事件――「父・榊史郎による人間標本殺人」
物語の冒頭で明かされるのは、
蝶を研究する大学教授・榊史郎が、
- 少年5人を
- 蝶に見立てて殺害し
- 芸術作品(人間標本)として撮影
- その全過程を手記としてネットに公開
- 最後に、実の息子・榊至までも標本にして自首した
という、あまりにも異常な事件です。
史郎は語ります。
人間も一番美しい瞬間に標本にできたらいい
科学者であり、芸術家でもあるかのようなこの告白は、
世間に「狂気の父」という印象を強く残します。
しかし真実は…
しかし真実は逆だった――人間標本を作ったのは「息子・至」
物語が進むにつれ、
この事件の構図が根底から覆されます。
実際に人間標本を作っていたのは、息子・榊至でした。
至は夏休みの自由研究として、
- 人間を蝶に見立てた殺害
- 撮影
- 背景や構図の設計
- 記録の整理
それらを淡々と行い、
そのすべてをパソコンに残していました。
それを偶然見つけてしまった史郎は、
息子の罪を世に出さないため、すべての罪を自分が背負うことを選びます。
そして至に対して、
ならば、お前も蝶にしてやろう
という、
父として、研究者として、歪んだ「救済」を与えたのです。
黒幕
さらにもう一人の黒幕――画家・留美の存在
物語はここで終わりません。
史郎が幼少期に出会った女性、留美。
彼女は「蝶が見ている世界=四元色の世界」を描く天才画家として成功していました。
しかし、ある時から留美はその“世界”を失ってしまいます。
その留美の娘が、杏奈。
実は、人間標本を実際に作っていた中心人物は、
- 杏奈
- そして協力者としての至
でした。
杏奈は母・留美から、
人間標本を作れたら、あなたを後継者にする
と約束され、
母の指示のもとで殺人を行っていたのです。
至は杏奈に協力し、
最終的には彼女をかばうために自らも罪を引き受けます。
本当の目的
留美の本当の目的――「史郎に人間標本を見せること」
留美が杏奈に人間標本を作らせた理由は、
後継者育成ではありませんでした。
彼女の本当の目的はただ一つ。
「人間標本を史郎に見せること」
蝶の世界を失った留美は、
史郎が見ている“美の極致”を目の当たりにすることで、
自分も再び四元色の世界を取り戻せるのではないかと考えていたのです。
しかし――
- 人間標本は実行され続けた
- 史郎にはなかなか届かなかった
その結果、
杏奈は「用済み」とされ、後継者にもされませんでした。
典型的な毒親です。
皮肉にも、
杏奈は殺人を犯したことで“四元色の目”を得たかのように描かれます。
明かされる真実
刑務所で明かされる真実と、至の遺した言葉
物語の終盤、
刑務所にいる史郎のもとを杏奈が訪れます。
そこで史郎は、
すべての真相を知ることになります。
- 人間標本の本当の制作者
- 至が自分を犠牲にした理由
- 杏奈が利用されていた事実
そして、
至を殺したことを、あえて世に公開したことも明かされます。
標本の背景に使われていた、
至が描いた絵。
そこに添えられていた言葉が、この物語の核心です。
斧を振り下ろした瞬間、僕は人でなくなった。
その罪は、父の愛。
世の中がそう許してくれることを願って。
お父さん、僕を標本にしてください。
ここで読者は気づきます。
この物語は
「殺したのは誰か」ではなく、
「誰の愛が誰を壊したのか」を描いていたのだと。
結末
物語の最後まで、
榊史郎の死刑が執行されたかどうかは明示されません。
それはおそらく、
この作品が「裁き」を描く物語ではないからです。
裁かれるべきは、
- 父の愛
- 母の欲望
- 芸術という名の暴力
- 子どもを“作品”にしてしまう大人たち
そのすべて。
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おわりに
『人間標本』が残す後味の悪さ
『人間標本』は、
誰か一人が完全な悪で、誰かが完全な被害者、という話ではありません。
- 愛するがゆえに殺す父
- 認められたいがために殺す子
- 芸術のために子どもを使い捨てる母
そのすべてが、
現実にも存在しうる“歪んだ愛”の形として描かれています。
読み終えたあと、
「誰が一番悪かったのか」を考え始めた時点で、
もうこの作品から逃げられなくなっているはずです。
ここまで読んでいただきありがとうごさいました。



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